開高健記念財団

開高健記念財団ニュース

このNEWSページでは、開高健記念財団の活動の現況を中心に、開高健関連のさまざまな情報もお知らせしていきます。

「若き日の開高健」を特集した「文學界」(2012年2月号)が発売されました

「向井敏への手紙」「谷沢永一への手紙」といった若き日の友人たちへの手紙、新発見小説『食卓と寝台』(未完)、いずれも20歳代の開高健の文章を掲載。「文學界」(2012年2月号、文藝春秋)。

向井敏宛てのものは昭和24年~28年、27通。谷沢永一宛てのものは昭和32年~34年、14通。山野博史・関西大学教授による注と注解付き。

23歳のときの自伝的未完小説『食卓と寝台』(第二章)は坂本忠雄・前開高健記念会会長による解説付き。

小説『食卓と寝台』の発見は、2012年1月5日の讀賣、朝日、産経など全国紙でいっせいに報じられました。その直筆原稿は、現在「開高健記念館」で行われている企画展示「作家志望青年・開高健の情熱の日々」でご覧になれます。

カテゴリ:メディア ニュース 一般 2012-01-07

開高健情報の宝庫、「紅茶会」講演集「ごぞんじⅥ」が出来上がりました

2年ぶりに、生前の開高健と近しかった方、開高健を見つめて来られた方々の講演を収録した「ごぞんじⅥ」が出来上がりました。

開高健記念館で1500円で頒布を開始しました(A5判160ページ)。

今回収録されているのは、以下の講演です。

●「ごぞんじ 開高健 Ⅵ」(2011年12月9日刊行)収録分

開高健の魅力 坂本忠雄
記憶断片、開高さんをめぐって 柴田 翔
ルポと文学の狭間 ──「ずばり東京」からベトナム戦争への疾走 永山義高
開高健文学の魅力 佐野眞一
開高健の内と外 黒井千次

すでに刊行している講演集「ごぞんじ 開高健 Ⅲ」(A5判272ページ)、「同 Ⅳ」(A5判264ページ)、「同Ⅴ」(A5判296ページ)もあわせてご覧ください。(「Ⅰ」「Ⅱ」は売り切れております)

カテゴリ:紅茶会 ニュース 一般 2011-12-29

12月8日(木)「開高健とボージョレ・ヌーヴォーの会」が開かれました

 

例年の通り、親しい方々にお集まりいただき、ボージョレ・ヌーヴォーを飲みながら2011年の一夜、開高健を語り合いました(日比谷・日本プレスセンタービル内「アラスカ」にて)。今回は命日の12月9日の1日前の開催となりました。

会に先立ち、作家が愛した紅茶に名前を取って、開高さんにまつわるお話をしていただく「紅茶会」講演、今年は独文学者でエッセイストの池内紀さんに講師をお願いしました。題は「私と開高健 ──根にある〈飢え〉について」。

パー ティ冒頭には、記念会の新会長で記念財団の代表理事に就任した永山義高氏の挨拶と活動報告、今後の会と財団の流れについての説明、 島地勝彦さんによる乾杯(献杯)のあと、「日本を捨てた男たち」で第9回開高健ノンフィクション賞(主催:集英社)を受賞された水谷竹秀さんへ、記念品として、作家愛用のものと同型のモンブ ラン 万年筆が贈呈されました。

kaichou.jpg 永山新会長・代表理事

ご出席の方々には、できたばかりの紅茶会講演集「ごぞんじ開高健 Ⅵ」(坂本忠雄、柴田翔、永山義高、佐野眞一、黒井千次の各氏の講演録)がおみやげに配布されました。北海道、石川、新潟などから、延べ80、90名ほどの方々が2時間あまり、ワインを楽しみながら歓談さ れました。

カテゴリ:イベント ニュース 一般 2011-12-29

「日本三文オペラ」が舞台化されます

開高健初期の傑作長編「日本三文オペラ」が兵庫県立ピッコロ劇団によって舞台化されます。

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『荒廃した戦後の大阪。泥棒集団「アパッチ族 」。したたかに生きる人間群像を、関西気鋭の俳優陣がエネルギッシュに活写する!』(ポスターちらしより)

●原作・開高健 脚本/演出・内藤裕敬

● 2012年2月23日(木)~2月26日(日)

●兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール 全席指定

お問い合わせ:兵庫県立ピッコロ劇団 06-6426-1940/8088(劇団直通)

http://hyogo-arts.or.jp/piccolo

カテゴリ:イベント ニュース 2011-12-19

企画展「作家志望青年・開高健の情熱の日々」展が始まりました

父親の死去により12歳にして家督を継ぎ、窮乏生活、そして家族のためにアルバイトに日々を費やしていた開高青年の夢は小説家(作家)になることでした……。大学入学後は同人誌に習作を発表、先輩の文学者に積極的に働きかけ、文壇への足がかりを求めます。新たに発見された未発表小説や直筆の原稿、手紙などの豊富な資料を紹介しながら、小説家・開高健誕生の軌跡をたどります。(同時に「常設展示」も衣替えしました。ご来館をお待ちいたします)。

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カテゴリ:一般 2011-12-09

来館者のノートから(7)──「10月」編

開高健記念館は2011年4月で開館 8周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「10月」編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.10

◆足跡を訪ねようとしました。ただ、アマゾン、アラスカ、モンゴルは遠すぎますナ。

◆釣りの紀行文を書く方はたくさんいらっしゃる。しかし、私は開高健の釣魚エッセイを読んで以来、他の釣魚エッセイが読めなくなってしまった。初めて読んだのが20歳頃、今現在46歳。すると26年間、「私の釣魚大全」「フィッシュ・オン」「オーパ」「オーパ、オーパ」「もっと遠く・広く」のみをくりかえし読んでいることになってしまっている。(茅ヶ崎 釣り人 Y・K)

◆Festina lente 10年ぶりにこの言葉に再会しました。どなたがいつこの言葉を口にしたのか、ずーっと喉につかえ、胸につかえていたのですが、今日ここでやっとそのつかえがとれました。良き、記念すべき一日でした。私も遅ればせながら、その実行にチャレンジしていきたいと思う。(H)

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◆とても興味深い物がたくさんありました。開高健さんのいろんなことがわかりました。これを学校に戻ったらまとめて、発表したいと思います。ここには初めて来たし、開高健という名前もどんな人なのかも全々分かりませんでしたが、ここに来ていろいろなことを学びとても楽しかったです。(中学校1年 T、N、M)

◆大阪に生まれ、藤沢に住んでいます。裸の王様以来のファンで、釣りのファンでもあります。昼寝をしながら、突然思いついてやって来ました。色々と感じるものが多く、心地よい一日となりました。きっとまた来ます。(Y・T)

2004.10

◆小学生の頃、父の本棚に並んでいた「オーパ!」を見て以来、開高さんの小説と御本人のトリコになりました。30歳にしてついに御自宅に伺うことができ、感動です。写真集やエッセイに登場したモノたちを生で見ることができるとは……。今は栃木に住んでいるので、ちと遠いですが、是非また来たいです。(Y・M)

◆開高先生が入院なさっていた頃、夫が同じ病院でしたのでよくエレベーターの中でご一緒したことや、おじょう様がリュックを背によくお見舞いにいらした時など、お会いしたことを今なつかしく思い出しています。そう、茅ヶ崎の駅だったか、横浜の駅だったか忘れましたが、一度お声をかけた時のあの笑顔が忘れられません。初秋のお宅、記念館でしましの時を、過ごさせていただいています。(N・K)

◆昔、父の本を読んだ折、開高さんのお料理についてのコメント「ちゅうちゅうちゃん(ネズミ)がスープに浮かんでいる」に衝撃を受け、ファンになりました。年をとってきてみて、開高さんの深い苦しみ、悲しみというものを少しは理解できるようになってきたように思います。数年前、鎌倉旅行の折、思いがけず開高さんのお墓に参ることができ、又、本日この記念館に足をはこぶことができて大変感慨深いものを感じます。一度でいいからお話ししたかったです。本日は、本当にありがとうございました。(高槻 A・T)

◆誕生日のプレゼントに妻が連れてきてくれました。何よりのプレゼントでした。(M・T)

2005.10

◆小学生の頃、ぼろぼろになるまで「オーパ!」ながめてました。久しぶりに、とことん釣りにのめり込みたいなぁ。静かなこの記念館の中には、まだ30そこそこの私には受け止めきれないメッセージがつまっているような気がしました。もう少し年をとった時、また来てみたい。今日ここに来たことで、自分自身を見つめる良い機会となりました。(北海道 T・S)

◆先生の出身地、大阪から来ました。先生は今でも私の心の師匠です。一生、先生の著書を愛読して行きたいと思います。最後はジュピターでも流してもらおうかと妻に相談します。数々の感動、ありがとうございました。(O・T)
結婚25周年記念に来館でき、良かったです。(O・M)

2006.10

◆台風の影響のはげしい嵐の中を思い切って来ました。開高健先生の言葉に感動した人もいっしょです。開高健といえばウイスキー、と一人思っていました。ワインのコレクションにはおどろき……自分もワイン(赤)にもきょうみがあります。書斎は一番感動し、先生のすがたがみえました。

◆大学時代に恩師から勧められて以来、ずっと開高先生のファンです。留学を経験しましたが、異国で日本語が恋しい時、かならずそばには開高先生の著書がありました。帰国してようやく先生のお宅に来ることができました。また遊びに来ます!(S)

2007.10

◆学生時代、ベトナム戦争でした。その激しさをあらためて思い出しました。戦争と日本を深く考えられた先人として心にきざまねばと思います。平和な世の中がきずけますように……。(T・K)

◆全てにおいて現場主義が重要だということを改めて認識しました。(S・I)

2008.10

◆ようやくここに来ることが出来ました。改めて、様々なことを思い出します。私も知らぬ間に40代半ば……。あなたのように年輪を重ねていきたいと思うこの頃です。(T・T)

夏の闇を書いた貴兄と同じ齢にとなりました。(E・K)

2009.10

◆今まであまり開高さんのことを知りませんでした。今度、開高さんの本を読んでみたい……!と思いました。(K・A)

◆海をサイクリングして、ぶらりと立ち寄りました。ゆうゆうとして急げ。漂えど沈まず。開高健さんの好きな言葉です。書斎で、今でもふっと執筆されているような、自然な館ですね。(茅ヶ崎 リタイヤして)

2010.10

◆「死にがい」を求めてカルカッタで暮らしていた1983年のある日、街の本屋で日本人旅行者が置いていった夏の闇を買い、そこにある死の描写が私の日々接していた「死を待つ人の家」(マザーテレサが運営していた死にゆく人々への奉仕の場)の人たちの死とそっくりなので、思わず引きずりこまれて読んだ。開高さんとの最初の出会いでした。日本に戻り、次々と開高さんの本、写真集を買いあさりました。釣りとパイプを今でもやっている私にとって、開高さんの世界観+オレと同じ趣味=サイコーの知り合い、という図式で、我心の中にどっかりと存在されてます。やっと夢がかない、今月おじゃましました。(A・M)

◆開高作品は世界がくっきりしているところが好きです。しみるようにほっとします。「夏の闇」は何度も読みたくなる本です。分からないことがたくさんあるのに、ひきこまれます。開高さんの広く深い世界をこれからも楽しみたいです。(I・N)

2011.10

◆福岡からやっと来れました。若過ぎます。天国に行くのは。あなたはベトナムで一度命を失くしたからあとは余りと言うかも知れませんが、もっと言葉を残してほしかったです。
(S・Y)

カテゴリ:来館者のノートから ニュース 一般 2011-11-22

来館者のノートから(6)──「9月」編

開高健記念館は2011年4月で開館 8周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「9月」編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.9

◆読書会で「日本三文オペラ」「フィッシュ・オン」を読みました。現場主義といいますか、ご自分の体験を通して書いておられ、圧倒されました。“主人のいない書斎“では涙が出そうになりました。開放して頂いてありがとうございました。思い切って来てよかったです。ついでに、私も胆石に悩まされて手術するかもしれません。開高さんと同じ悩みがあったなんて、クスッと笑えます。(静岡 M)

◆今でも週に一度は開高さんの作品を読み返し、改めてうならされています。開高さんが旅立たれる直前に三田の済生会病院で開高さんの為に血液を提供した時の事を思い出しました。私の血液が開高さんのお役に立てたかは判りませんが、私にとっては他のどの作家とも違う、特別な存在であり続けていくと思います。又、近いうちに寄らせてもらいます。(Y・T)

◆もうすぐで北海道に帰ります。こっちを離れる前にここに来られてヨカッタ。さて、戻ったら釣りでもしますか。そして、温かい北海しまえびやカジカのキモ入り味噌汁でも飲みますか。(H・I)

sotetsudscn0566.jpg(庭に新しく植えられたソテツ)

◆昔、勤務していた会社が赤坂でインド料理屋をやっておりました。ある日、今日は「カイコウ」さんという有名な作家の方が見えると同僚のインド人が申すもので、あろ開高さんが、まさかうちの店に見えるなんて……。「オーパ」のアラスカ編を買って店の担当者にお願いしてサインを頂きました。私はお店で開高さんの後姿だけを拝する事ができました。
ある時期に多くの作品を読ませて頂き、特に「夏の闇」は5回読みましたが、何度読んでもどこか気のつかなかった2~3行が、2回め、3回めと表れてきました。本日、ここで生原稿を拝見させて頂き本当に感激です。
オーパのサイン本は何もない平凡な私の人生の最大の宝物です。又、本日、ここにうかがえて本当によかったと思います。(O)

2004.9

◆この記念館が出来た事を新聞で知り、本日やっと来館する時間が出来、開高さんのファンとしてとてもうれしく思います。私と同じリール(アブのアンバサダー7000)を使われていたなんて、とても感激しました。ただ、開高さんがヘビースモーカーだった事はちょっと(とても?)残念で、もし吸っていなければ、今でもお会い出来てルアー釣りの事も教えていただけたのかも……。(A)

◆山梨から来ました。山梨にもたくさんの川と湖があり、魚も豊富です。開高さんに少しでも近づけるよう釣り道と人生の歩みに磨きをかけていきたいと思います。また来ますね。(S・T)

2005.9

◆選挙に投票してから横須賀から自転車に乗ってやって来ました。開高さんの本を読んだのは、水産高校漁業科時代に図書館にあった「オーパ!」の大型の写真集がきっかけでした。趣味と実益の両立を実現した開高さんは、「男の星座」のような人だと思います。日本の政治家は、選挙前には靖国神社よりも、この開高健記念館と、同じく茅ヶ崎市内にある大岡越前の墓所に顔を出すべきではないかと選挙の日に改めて実感します。……(S・S)

◆好きな女と一緒にやって来ました。(N・A)

2006.9

◆眼の前に哲学者の小径、片手に麦茶(ワインとはいいません)。開高さんに会ったことはもちろんありませんが、冒険家、ワインのことも書く食通。部屋には野生がいきづいています。そして、ワインのコレクション(これも1つの目的でした)。最後に書斎。仕事場。やはり物を書かれた方だったと思いました。(N・M)

◆いろいろな胸の痛みを抱えながらやって来ました。沢山のことを抱えすぎていた自分に“悠々として急げ”は実現しそうにない格言かもしれませんが……でも心に響く言葉でした。ありがとう、また来ます。家族四人で……!(郡山 K)

◆はじめて来ました。開高さんを改めて好きになりました。女版開高さんを目指します!!(M・M)

2007.9

◆家族を連れて記念館に来た(嫁、子3人 娘8歳、息子6歳、11カ月)。開高健ときいてオーパしか知らない世代で、芥川賞も読んだことがなければベトナム戦記は幼すぎて理解できなかった。釣りの好きな、酒の似合う作家というイメージしかなく、笑顔が父にそっくりということが、また記憶に残っている。今回、ゆっくりみて彼の足跡の一部をみた。本は読むしかない。ただ、男としての生き方には共感するものがある。男として……大切なことだ。(41歳 男)

◆念願であった来館。開高先生の声を生まれて初めて聞きました。あのようなお声をなさっておられるのですな。若いので、聞いたことがないのです。感激。(21歳 O・J)

◆開高さんの『輝ける闇』がきっかけで自分の生き方の方向が決まりました。ここへ来れて、ただただ感激です。このような文学者が日本に存在した事を誇りに思います。(K・I)

◆開高さんは、僕がこうなりたいと思う唯一の人間です。(T・R)

2008.9

◆心の危機を知っている人間は魅力的です。ピアノ線。合掌。(T・M)

◆娘が茅ヶ崎に(下宿)住むようになり、以前から主人が大好きな開高健さんの記念館にぜひ伺いたいと思っておりました。今日初めて来館でき、とても喜んでおります。ほとんどの本は我家にありますが、講演集を今日は購入したいと思います。……(S・S)

◆仕事を一時休業中。金曜日にここに来れたことを幸いとしたい。仕事をしていた時は、とても来れそうにはなかった。もっと書いて欲しかった。もっと読みたかった。もっと同時代を生きて欲しかった。(O・K)

2009.9

◆父の影響で開高さんの作品を読むようになりました。また、詩人の長谷川龍生先生と開高さんが同じ小学校に通っていたというので、現在長谷川先生のもとで詩の勉強をしているわたくしは、開高さんが身近にかんじられます。また来ます。ありがとうございました。

◆開高健様 私はずい分自分勝手な読者で、全作品を読んでいるわけではありません。せいぜい20冊程度。しかし、貴方の生き方にロマンを感じるのです。世界中を旅し、釣りし、飲み……ひるがえって、わが身は……妻子と会社にしばられ46年も過ごしてしまいました……。海の近く、緑多く、鳥のさえずりがきこえる、いい所ですね。自分もいつか、このような、居場所を欲しく思いました。(I・T)

2010.9

◆開高健さんの本に夢中になったのはいつの頃か定かな記憶にはないが、釣り好きの私は、釣りの本から他の本に興味・関心を移していったのは正解かな? 翻弄されつつ心地よい思いに浸ったのが不思議でさえあった。開高さんが吸っていた空気にふれて、今、静かに感動、感激中です!

2011.9

◆何か文字を書こうとペンを持ったが、やめた……。息子に「健」の字をつけさせてもらいました。聖地か……息子がいつもと違う。嬉しい!(フーサ)

◆お名前は知っていましたが、読んだことはなく、たまたま近所に来たので立ちよってみましたが……一言一言の嘘の無さ、味わい深さに感動しました。あと、ユーモアも。危険とユーモアを持ち合わせていらっしゃる開高さんのお人柄に強く興味を持ちました。さっそく本を入手して読むつもりです。来てよかったです!(O・M)

◆前から来たいと思っていた家にやっと来ることができました。開高健の文体にも作品にも、大きな影響を受けた一人です。(N・Y)

◆あなたと出会って、人生が変わりました。漂えど沈まない人生を目指します。(F・M)

カテゴリ:来館者のノートから 一般 2011-11-02

「先輩 開高健展」のお知らせ

「先輩 開高健展」が、「大阪市立大学卒業生著作コーナー開設記念」として開催されます。開高健は、昭和24年4月、同大学法文学部に入学、同28年12月に同大学法学部法学科を卒業しています(浦西和彦編『開高健書誌』年譜より)。

「先輩 開高健展」は

【期間】平成23年10月31日(月)~11月12日(土)

【場所】大阪市立大学学術情報総合センター1F展示コーナー

詳細は下記URLでご確認ください。

http://www.osaka-cu.ac.jp/news/20111012142634/event.html

カテゴリ:イベント 一般 2011-10-21

来館者のノートから(5)──「8月」編

開高健記念館は2011年4月で開館 8周年を迎えました。開館以来、訪れた方々が書きつづってきたノートから、その月の言葉をふりかえります。今回は、「8月」編。(お名前はイニシャルで、難読文字は●で表記させて頂きました)

2003.8

◆東京に出て来て、独り大兄の文を読みふけり、30年後、つい先日図書館でこの記念館を知りました。今日は全く大兄の本を読んでない配偶者と娘と三人で、のんびりと歩いて来ました。又伺います。

◆卒論に書かせて戴いて25年が経ちました。仕事の都合上、なかなか時間がとれなくて、今日初めてうかがいました。想像していた以上に素晴らしいお宅で感動しました。

◆開高さん、来ました。30数年前にあなたの前でピラルクに餌をやったのはぼくです。また来ます。

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2004.8

◆文章を書いてゆきたいと思い一年たちました。ようやく行動に移し始め、インスパイヤーされるのではと立ち寄ってみました。開高さんも愛したここ茅ヶ崎に生まれ育った事にも改めて感謝しました。

◆香川から自転車でやってきました。想像以上に資料など豊富で大変驚きました。やさしくて豊かなお顔の開高さんがたくさんあって嬉しくなりました。(K)

2005.8

◆沖縄から来ました。来ることができてよかった。色んなことを感じながら見て回りました。これからの人生にとても大きな一日になったと思います。開高さんありがとう。(S・H)

◆ずっと気になっていたのですが、やっと来ることができました。開高さんの一言半句にどれだけ打たれたか。息を飲んで、文章に引き込まれページを繰るのが、おしいくらいだった。今日は、とてもよい一日でした。再会に感謝。(T・K)

◆初めて来ました。私は、「悠々として急げ」という言葉がとても気に入りました。

◆私が高校を卒業した年に芥川賞を受賞され印象に残ったのです。その後芥川賞を必ず読みますが最近のはもう読まなくなりました。早くにご家族共々天国にいかれましたが、皆すばらしい仕事を残され充分に生きなさったと思います。車椅子の野坂さん、同輩の●村さんまだ健在と思いますと、やはり開高健様がお元気でいらっしゃったらと。今の長いイラク戦争をなんと書かれますか──。(ありがとうございました。バスの中でご近所の80~歳のすてきな老紳士に案内されて来ました)(横浜 N・K)

◆来週、アフガニスタンに旅立つ自分にとって、今回の訪問は大きな励みになりました。開高さん、最高っす!(T・S)

2006.8

◆開高さんの文章を読むと、美味しいお酒が体の内側から全身にしみて、広がっていくような気持ちの良さ、その後にくる満足感。これを感じます。それらが生み出されたこの地に来る事が出来て、またとても豊かな気持ちになれました。開高さん、この場所を守っておられる方々、ありがとうございます。(A・M)

◆日本人ですが韓国から来ました。展示を見終わってお庭のイスに座ってぼうっとしている時、すごく幸せな気持ちになりました。また来ます!(Y)

2007.8

◆パリに旅立つ前に訪れることができました。私の心の父にやっと会えたような気がします。ありがとう。男として生きて行きます。(Y・C)

◆この春、氏のベトナムをたどりにホーチミンに行きました。30年以上の歳月が流れ、人も街もだいぶ変わりましたが、人間の濃さは変わらないようにも思えました。勿論、Togaはどこにもいませんでしたが。(K)

◆もう少し早く生まれ、同時代を生きたかった。僕はこの時代でがんばって行きます。(Y)

◆大兄は今どこにいるんでしょうか? 今日、円覚寺に行ってきましたが、まさかそこにとどまっている人じゃないと思いました。やっと同じ空気を吸えた気分です。そうですね、また来てみたいと思います。

◆以前からの希望がやっとかないました。大兄のシャイなところとごうかいなところがとてもすてきでした。書斎をみて思わずアルジをさがしてしまいます。又、来ます。(N)

2008.8

◆たまたま茅ヶ崎市の観光案内をネットで検索していると、この記念館があることをつい数日前に知った。ぼくはサザンオールスターズのファンでもあったため、茅ヶ崎のサザンビーチを訪ねてみたかったのです。しかし、私の大学時代は、音楽はサザンオールスターズ、読書は開高健でした。この2つの両巨頭の導きにより、いろいろな経験をこれまでさせてもらって、幸せだったのかどうかわかりませんが、沈まずに済んでいると思っています。また、これも偶然だと思いますが、もう一人、私の好きな日本人の作家に大江健三郎がいます。私の町の出身である彼と、開高氏との結びつきが非常に興味深くて、楽しませてくれます。ほんとうに“漂えど沈まず”。悩みながらも、したたかに、強い“生き方”を最後の最後までできたらなあと思っています。(M・R)

◆記念館があることを最近まで知りませんでした。今日来てみて、珠玉の生原稿が見れて嬉しかったです。(H・H)

2009.8

◆久しぶりに夏らしい天気です。気のせいかもしれないけれど、終戦記念日はかならず太陽がじりじりと照りつけているように思います。「穏やかになることを学べ」先生が座右の銘にしてらっしゃったコトバをゆうべふいに思いだしました。ありがとうございました。

◆開高健という作家を知ったのはかなり遅く、夢中になった頃、あっという間に逝かれてしまいました。間に合って(出合うのが)良かった、と思っています。釣りの好きな友達が教えてくれました。彼女は“釣り”、わたしは“紀行”“美食”の開高ファンでした。再来年、退職して北海道の田舎に帰ります。その前に行こう、行こうと思いつつ、やっと来ました。帰郷の前にもう一度、来たいと思います。

2010.8

◆今秋、仕事でベトナムへ行って来ます。(A・H)

◆今日、終戦記念日。開高さんのベトナム戦争の記事と何かダブルようです。横浜の県立文学館に引きずられて訪問しました。(K)

◆「人間くさい」作家。僕、作品大好きです。同じく開高さんを尊敬し、今は海外を旅している友人にもきょうの喜びを伝えたいと思います。(N)

2011.8
◆ようやく聖地に来れました。禍福はあざなえる縄のごとし。(岩手県 陸前高田市 S・T)

◆あの、せまい所で、たくさんの努力をしていたのだろう。たくさんの努力をして、たくさんの本を書いていった開高健さん……ものすごい努力家だったんだろうな……。(岩手県 中学一年生)

◆念願の開高健記念館に来ることが出来ました。もっともっと長生きしてたくさんの本を書いてほしかったです。私達に生き方を見せてほしかったです。(大津市 N・M)

カテゴリ:来館者のノートから 一般 2011-10-14

BSプレミアム「釣って、食べて、生きた! 作家 開高健の世界」が再放送されました

開高健の残した音声とVTRをもとに、現地を追加取材して制作された番組が2本、二夜連続で放映されました。

その再放送のお知らせです。

NHK BSプレミアム  2011年10月8日(土)

シリーズ 「釣って、食べて、生きた! 作家 開高健の世界」

●第一夜 〈巨大オヒョウを食らう アラスカ ベーリング海〉
10月8日(土)午後2時15分から3時45分

●第二夜 〈最後の冒険 カナダで吠える! カナダ  バンクーバー・アイランド〉
10月8日(土)午後3時45分から5時15分

カテゴリ:メディア 一般 2011-10-02
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